■ 人 物 ・ 場 所 ■ 名 称 ■ 投 稿 記 事
上士   ■ 雨森舌戒 ・雨森舌戒 - 土佐勤王党の尊皇攘夷に賛同し佐幕派を弾劾
■ 板垣退助 ・板垣死すとも、自由は死せず - 板垣退助誕生地
・板垣退助邸跡
・板垣退助生家にあった門 - 龍乗寺
・板垣退助墓 - 初代・乾正信から続く墓所に眠る
・西郷木戸板垣三傑会合の地 - 東九反田公園
・近衛兵之碑 - 薩長土の三藩で兵を出す
・板垣退助墓所 - 品川神社 【東京都】
■ 大脇順若 ・大脇順若の建てた碑 - 山内容堂の密命で三条実美と接触した人
・大脇順若 - 安政年間山内容堂の密命を受け京都で朝廷の動向を探る
■ 小笠原唯八(牧野群馬)  ・会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
・小笠原唯八(牧野群馬茂郷) - 会津若松攻めで弟と共に敵弾に倒れる
・野根山二十三烈士殉節の地 - 藩は一度の取り調べもせず極刑に処す
■ 奥宮 禮(奥宮暁峰・正路) ・奥宮 禮(暁峰・正路) - 多くの墓碑や記念碑の撰文に名を残す
・奥宮慥斎 - 門人たちに尊王の大義を鼓吹する 【東京都】
・廣井磐之助の墓 1 - 墓石文字を書いたのは幕末の超有名人
・廣井磐之助の墓 2 - あった!勝海舟と坂本龍馬・貴重な歴史遺産
・徳弘益孝墓 - 龍馬・瑞山・以蔵らに砲術や絵画を教えた
・伊藤和兌 - 武市半平太や五十嵐文吉らと交わり国事に尽力
・山崎立生 - 戊辰戦争・松山討伐に軍医として従軍
・奥宮正樹 - 土佐での伊能忠敬の測量に随行
■ 奥宮慥斎 ・奥宮慥斎 - 門人たちに尊王の大義を鼓吹する 【東京都】
・奥宮慥斎屋敷跡 - 尾崎源八や小畑孫次郎らも陽明学を学ぶ
■ 片岡健吉 ・片岡健吉墓 - 坂本直寛らと一緒にキリスト教の洗礼を受ける
・片岡健吉生誕地 - 立志社初代社長
・立志社跡 - 自由民権運動
・片岡健吉像 - 初代・高知県議会議長
■ 上村貞保 ・上村貞保 - 武市半平太とも交わった勤王家
■ 北村重頼 ・北村重頼 - 鳥羽伏見の戦いで勝利し土佐藩を倒幕側に立たせた
・谷千城旧邸跡 - 硬骨の土佐人
■ 国澤新九郎 ・国沢新九郎生誕地 - 土佐藩船「夕顔丸」の艦長
・国澤新九郎 - 土佐藩船「夕顔丸」の船長で坂本龍馬も乗船 【東京都】
■ 小南五郎右衛門 ・土佐藩上士にあって勤皇思想 - 小南五郎衛門生誕地
・小南五郎右衛門 - 上士にあって土佐勤皇党への理解者の一人
■ 酒井勝作(山内下総) ・酒井勝作(山内下総) - 土佐勤王党に協力し保守派政権を作る  
■ 佐々木高行 ・佐々木高行生誕地碑 - 龍馬と親交が深かった
・佐々木高行邸跡付近 - 板垣退助・後藤象二郎と共に、土佐三伯の一人
・佐々木高行 - 坂本龍馬を支えた一人 【東京都】
・千頭傳四郎墓 - 武市瑞山も師事した小野派一刀流の師
・山川良水 - 上士にあって尊皇攘夷派から討幕論者へ
・南海忠烈碑 - 土佐勤王党の功績を讃え
・鹿持雅澄生誕地・邸跡 - 妻は武市半平太の叔母
■ 竹村東野 ・竹村東野墓 - 塾生に中岡慎太郎・大石圓・宮地宜蔵ら・・・
■ 谷 干城 ・「陽暉楼」跡を探して - 谷干城にも縁のある料亭
・谷千城旧邸跡 - 硬骨の土佐人
・谷秦山先塋の地 - 谷干城の先祖にもなる
・谷干城の墓 - 薩長藩閥とも距離を置き、土佐派の重鎮として
・谷干城別荘跡 - 北山の三谷集落で晩年を過ごした別荘跡
・北村重頼 - 鳥羽伏見の戦いで勝利し土佐藩を倒幕側に立たせた
・中村重遠 - 廃城令による姫路城の解体を救った男
・武市熊吉ら九名の墓・「九士之墓」 - 碑文の撰文は谷干城
・取り壊された植木枝盛邸は、元は谷干城邸じゃったと・・・・・
・取り壊された植木枝盛邸は、元は谷干城邸じゃったと・・・・・2
・楠正興記念碑 - 先祖は楠正成/題額・谷干城
■ 平井善之丞 ・平井善之丞 - 土佐勤王党の武市瑞山に好意的に協力
・平井善之丞閑居地 - おこぜ組の疑獄が起こり蟄居して住んだ場所
・五十嵐文吉 - 武市瑞山は師と慕い、投獄後の前後処理を託される
■ 細川潤次郎 ・細川潤次郎生誕地 - 皇后が見た龍馬の霊夢の和歌を詠む
・忠魂護皇基之碑 - 龍馬の名が国威発揚の為に利用された
・南 月溪 - 歴史を説き皇室を尊ぶことを強調し幕末の志士を育てる
■ 真邊戒作 ・眞邊戒作墓 - 京都で中岡慎太郎と会い時勢を話す 【東京都】
・真邊戒作 - 戊辰戦争に参戦
■ 益永繁斉 ・益永繁斉の墓 - 井口事件(栄福寺門前事件)上士側の一人
■ 安岡亮太郎良亮 ・会津若松西軍墓地 1 - 会津戦争で亡くなった土佐藩兵49名が眠る
■ 山川良水 ・山川良水 - 上士にあって尊皇攘夷派から討幕論者へ
■ 山内豊福 ・山内豊福 - 土佐藩と徳川幕府との板挟みで苦悩した悲劇の殿さん
・山内豊福 - 幕末、抗戦か恭順か幕府と土佐藩との狭間で悩み自害
■ 山内容堂 ・山内神社
・山内容堂の銅像
・旧山内家下屋敷長屋展示館
・山内容堂誕生地碑
・旧山内容堂邸跡 - 散田屋敷
・山内容堂・西郷南州会見の地 - 四侯会議に向けて
・山内容堂 - 海を眺めて、酔って候 【東京都】
・野根山二十三烈士殉節の地 - 藩は一度の取り調べもせず極刑に処す
・大江正路 - 剣術は坂本龍馬も通った日根野道場に学ぶ
・渡辺一寸 - 手裏剣の名手で、山内容堂の護衛を務める
■ 山田平左衛門 ・山田平左衛門 - 土佐での始祖は山田去暦、その娘は「おあん」
■ 山地忠七元治 ・山地元治生誕地 - 土佐の独眼龍将軍
■ 由比直枝 ・由比直枝 - 土佐藩船「夕顔丸」の船長で龍馬とも面識がある
・由比猪内 - イカルス号事件で談判した土佐藩代表の一人
■ 横山覚馬直方 ・横山覚馬直方 - 佐幕派の考えを持ち、鹿門十哲の一人とも称される
  
■ 人 物 ・ 場 所 ■ 名 称 ■ 投 稿 記 事
新 お こ ぜ 組

中心人物 
■ 吉田東洋 ・参政・吉田東洋暗殺地
・鶴田塾(少林塾)跡 - 岩崎弥太郎の人生を変えた
・吉田東洋墓所 - 幕末の土佐に必要不可欠な人じゃった
・吉田東洋邸跡 - 東洋は城中からの帰邸途中、邸傍で暗殺される
主なメンバー ■ 麻田楠馬
■ 朝比奈泰平
■ 市原八郎左衛門
■ 井上佐市郎 ・村田忠三郎邸 - 井上佐一郎殺害を自白し死罪
■ 岩崎弥太郎 ・岩崎弥太郎像 - 龍馬伝もう一人の主役
・岩崎弥太郎 - 暴富の秘密
・スリーダイヤモンドに秘められた野望 - 岩崎弥太郎
・岩崎弥太郎の流罪地 - 父・弥次郎が酒席で重症を負った件で
■ 大崎健蔵
■ 岡本小太郎
■ 小笠原謙吉茂連 ・会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
・小笠原唯八(牧野群馬茂郷) - 会津若松攻めで弟と共に敵弾に倒れる
■ 奥村又十郎
■ 神山左多衛
■ 後藤象二郎 ・後藤象二郎生誕地
・後藤象二郎寓居跡 【京都府】
・後藤象二郎 - 青山霊園に眠る 【東京都】
・真田幸村・大野治長・後藤又兵衛 - 土佐に残る伝承及ぶ関連事項
■ 渋谷伝
■ 末松務左衛門
■ 長沢又七郎
■ 野中太内助継 ・野中太内助継 - 新おこぜ組の一人で東征を拒否し切腹を命ぜられる
■ 広田章次
■ 深尾弘人
■ 福岡宮内孝茂 ・福岡宮内 - 坂本龍馬の父・八平が龍馬の江戸修行を願い出る
・会津若松西軍墓地 1 - 会津戦争で亡くなった土佐藩兵49名が眠る
・会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 福岡精馬孝済(孝弟・兄) ・福岡孝弟 - 染井霊園に眠る 【東京都】
■ 福岡藤次孝弟 ・五箇条御誓文 - 福岡孝弟誕生地
・福岡孝弟 - 染井霊園に眠る 【東京都】
・野根山二十三烈士殉節の地 - 藩は一度の取り調べもせず極刑に処す
■ 松岡七助
■ 由比猪内 ・由比猪内 - イカルス号事件で談判した土佐藩代表の一人
・由比直枝 - 土佐藩船「夕顔丸」の船長で龍馬とも面識がある
・須崎湾 - 坂本龍馬、生涯で二度須崎湾に入港
■ 真邊正心(真辺栄三郎) ・真邊正心墓
■ 渡辺弥久馬 ・渡辺弥久馬邸跡 - 龍馬最後の帰郷の際、談判に関わる
・渡辺弥久馬墓 - 坂本龍馬とライフル1000丁の交渉
・半船楼跡 - 坂本龍馬が渡辺弥久馬と会談したとされる料亭
  • 吉田東洋が開設した私塾・鶴田塾(少林塾)の師弟たちが中心となった一種の派閥。
  • 吉田東洋の在職中は、身分を問わず政権の中に登用したが、文久2年(1862)吉田東洋が暗殺されると、新おこぜ組は失脚する。
  • しかし、文久3年(1863)、八月十八日の政変以降、山内容堂が権力の座に帰り付き勤王派を排除し、再び新おこぜ組が藩政に復職し、幕末の流れの中で彼らの働きが土佐藩の位置を不動の物にする事に寄与した。
■ 人 物 ・ 場 所 ■ 名 称 ■ 投 稿 記 事
連 署 組 (中心人物) ■ 野中太内助継 ・野中太内助継 - 新おこぜ組の一人で東征を拒否し切腹を命ぜられる
メ ン バ ー ■ 井上市兵衛
■ 臼井弥五助
■ 大谷謙作
■ 岡本小太郎
■ 筧竹次
■ 刈谷説郎太
■ 川上友八 ・高知藩留学候補生墓 - イギリス留学前、事件を起こし藩命で自刃 【東京都】
■ 小坂喜佐治
■ 阪井勝四郎
■ 阪井藤蔵
■ 坂々楠馬
■ 祖父江右馬次
■ 高富羆
■ 滝口笑三
■ 谷村頼
■ 津田斧太郎
■ 津田弥吉
■ 中山捨作
■ 野崎糺
■ 野本兵作
■ 福富良三郎
■ 藤井守馬
■ 町市郎左衛門
■ 馬淵源三郎
■ 森復吉郎
■ 森川純輔
■ 森小兵太
■ 山田東作
■ 山田吉次
■ 横山匠作
■ 若尾譲助
■ 鷲見兵衛
  • 土佐藩の旧・佐幕派で、慶応3年11月、後藤象二郎や乾退助らの公議政体論および武力討幕運動に強く反対・署名し、建白書を山内容堂に奉じた。
 
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