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■ 血盟番号 ■ 名 前 ■ 投 稿 記 事
青蓮院宮令旨事件関係者

文久3年(1863)6月8日切腹
享年30歳 4 ■ 間崎哲馬 ・高岡郡奉行所跡・文武館跡 - 間崎哲馬も、下役として一時期在勤
・間崎滄浪(哲馬)邸跡 - 青蓮院宮令旨事件で投獄 
・間崎哲馬(滄浪)の墓
・山田町獄舎 - 土佐勤王党と薫的和尚に関わる
享年28歳 13 ■ 広瀬健太 ・広瀬健太生誕地・邸跡 - 青蓮院宮令旨事件で投獄
・弘瀬健太の墓   
・山田町獄舎 - 土佐勤王党と薫的和尚に関わる
享年29歳  157  ■ 平井収二郎  ・平井家墓所墓前祭 - 収二郎の墓所に両親の墓を移設完了
・山田町獄舎 - 土佐勤王党と薫的和尚に関わる
・平井収二郎辞世の句碑 - 龍馬、加尾への気遣いも
・池田糸(以登)墓 - 平井収二郎・加尾の叔母さん 
・平井収二郎・加尾邸跡 - 収二郎が元服の儀式に使った井戸 
・山田橋番所跡・獄舎跡 - 岡田以蔵や平井収二郎らの非業の地 
・妹は「竜馬がゆく」お田鶴様のモデル - 平井収二郎墓所 
・平井収次郎・加尾生誕地 - ”加尾”は「竜馬がゆく」お田鶴様のモデル
獄中死

元治元年(1864)11月28日

獄中で服毒死
享年30歳 92 ■ 田内衛吉 ・田内衛吉墓 - 土佐勤王党には92番目に加盟
・山田町獄舎 - 土佐勤王党と薫的和尚に関わる 
・田内衛吉の墓 - 井上佐一郎暗殺に関与し、獄中服毒死 
・武市半平太旧宅 - 武市半平太  

慶応元年(1865)3月23日

拷問により獄死
享年32歳 3 ■ 島村衛吉 ・島村衛吉墓と碑 - 土佐勤王党弾圧で拷問により獄中死
・山田町獄舎 - 土佐勤王党と薫的和尚に関わる 
・徳永千規 - 門下に武市瑞山・大石弥太郎・坂崎紫瀾・西山志澄がいる 
斬首

慶応元年(1865)5月11日

井上佐一郎殺害の罪
享年26歳 47 ■ 村田忠三郎 ・村田忠三郎顕彰碑 - 土佐勤王党に47番目に加盟
・村田忠三郎邸 - 井上佐一郎殺害を自白し死罪
享年26歳 146 ■ 久松喜代馬 ・久松喜代馬 - 土佐勤王党に146番目に加盟、井上佐一郎殺害で処刑
・山田町獄舎 - 土佐勤王党と薫的和尚に関わる
享年26歳 181 ■ 岡本猪之助(次郎)
斬首・獄門刑

慶応元年(1865)5月11日

井上佐一郎殺害の罪
享年27歳 ■ 岡田以蔵 ・岡田以蔵の墓 - 数奇な生涯
・岡田登稔(啓吉) - 土佐勤王党には58番目に加盟・岡田以蔵の実弟
・徳弘董斎邸跡 - 龍馬の高嶋流砲術の師匠  
・桃井春蔵道場・士学館跡 - 武市半平太が塾頭を務める 
・雁切橋袂にあった処刑場付近  
・山田橋番所跡・獄舎跡 - 岡田以蔵や平井収二郎らの非業の地  
・山田町獄舎 - 土佐勤王党と薫的和尚に関わる  
・岡田以蔵  
切腹

慶応元年1865)5月11日

土佐勤王党を結成し藩政を動かした
罪で切腹
享年37歳 盟主 ■ 武市瑞山 ・武市半平太旧宅 - 武市半平太
・瑞山神社 - 武市瑞山 
・国指定の「史蹟」・瑞山の墓所 - 武市瑞山 
・殉節之碑 - 武市瑞山 
・武市半平太の像 - 黒潮の海を見下ろして建つ 
・武市半平太邸・道場跡 
・武市瑞山墓 - 武士としての誇りと、藩主に対する忠誠の間で 
・武市瑞山寓居跡 【京都府】 
・桃井春蔵道場・士学館跡 - 武市半平太が塾頭を務める 【東京都】 
・江戸・土佐藩中屋敷跡 - 武市半平太・大石弥太郎らと同宿  【東京都】 
・上村貞保 - 武市半平太とも交わった勤王家
藩主に対し不敬を働いた罪で

永牢処分
  7  ■ 河野万寿弥(河野敏鎌)  ・河野敏鎌生誕地 - 龍馬脱藩の際、朝倉村まで見送り
・河野万寿弥(敏鎌) - 土佐勤王党に7番目に加盟 
・河野敏鎌 - 坂本龍馬とも交友のがあった 【東京都】 
16 ■ 島本審次郎 ・島本仲道 - 土佐勤王党に16番目に加盟 【東京都】
18 ■ 島村寿之助 ・島村寿之助 - 土佐勤王党に18番目に加盟し、武市半平太の参謀役
・島村甲胃次壽椿 - 土佐勤王党・島村寿之助の嫡男 
・島村衛吉墓と碑 - 土佐勤王党弾圧で拷問により獄中死
・山本家墓所 4 - 山本代七夫妻(龍馬の父方の従兄弟夫妻) 
・武市半平太邸跡(道場跡) 
・武市瑞山・殉節之碑 - 吉田東洋暗殺への関与は誰も認めず! 
・田所左右次 - 土佐藩の砲術家で土佐勤王党にも参加 
・服部東蔵の父の墓 - 服部東蔵は土佐勤王党に166番目に加盟 
・一瀬孫之進 - 土佐勤王党に186番目に加盟した一瀬源兵衛の父
22 ■ 小畑孫三郎 ・山田町獄舎 - 土佐勤王党と薫的和尚に関わる
・小畑孫三郎 - 土佐勤王党に22番目に加盟 
・小畑美稲(孫次郎) - 土佐勤王党に145番目に加盟 【東京都】  
・河野敏鎌生誕地 - 龍馬脱藩の際、朝倉村まで見送り 
  145 ■ 小畑孫次郎 ・小畑美稲(孫次郎) - 土佐勤王党に145番目に加盟 【東京都】
・小畑孫三郎 - 土佐勤王党に22番目に加盟  
159 ■ 森田金三郎 ・山田町獄舎 - 土佐勤王党と薫的和尚に関わる
156 ■ 山本喜三之助 ・山田町獄舎 - 土佐勤王党と薫的和尚に関わる

親類預け 
■ 安岡覚之助 ・安岡道太郎 - 安岡三兄弟の三男
・山北両烈士の碑 - 安岡覚之助、嘉助兄弟
佐川深尾家・処分を受けた家臣   

自宅禁固  
134 ■ 岩神主一郎(井原昂) ・岩神主一郎 - 土佐勤王党に134番目に加盟
138 ■ 古沢迂郎 ・岩神主一郎 - 土佐勤王党に134番目に加盟
    ■ 古沢南洋 ・岩神主一郎 - 土佐勤王党に134番目に加盟 

謹慎処分
132 ■ 井原応輔 ・赤土峠 - 佐川勤王五士達の「脱藩志士集合之地」碑
・井原應輔 - 土佐勤王党に132番目に加盟
  133 ■ 浜田辰弥(田中光顕)  ・赤土峠 - 佐川勤王五士達の「脱藩志士集合之地」碑
・田中光顕墓 - 中岡慎太郎亡き後の陸援隊を率いた一人
  139 ■ 橋本鉄猪(大橋慎) ・赤土峠 - 佐川勤王五士達の「脱藩志士集合之地」碑
141 ■ 那須守馬(片岡利和) ・赤土峠 - 佐川勤王五士達の「脱藩志士集合之地」碑
・那須盛馬 - 土佐勤王党に141番目に加盟
処分を受けた藩士    
更迭          佐川領主・家老 ■ 深尾重先(通称・深尾鼎)  
家老 ■ 深尾弘人蕃顕  
家老 ■ 柴田勝守(通称・柴田備後)  
大目付(大監察) ■ 寺村左膳  
大目付(大監察) ■ 寺田左右馬  
格禄・名字帯刀召し放し 大目付(大監察) ■ 小南五郎右衛門 ・小南五郎右衛門 - 上士にあって土佐勤王党への理解者の一人
辞職 大目付(大監察) ■ 平井善之丞 ・平井善之丞 - 土佐勤王党の武市瑞山に好意的に協力
武市瑞山らの釈放を訴える
『嘆願書』提出グループ
「二十八士連判 土佐勤王党員嘆願書」
元治元年六月十三日

【 出典 】 
『中岡慎太郎全集』  宮地佐一郎 編・解説

* 右署名者の中に井上佐一郎殺害の罪で
斬首の刑を受けた久松喜代馬の名があり
ますが嘆願書が提出された時期には、
まだ捕えられていません。
投獄されるのは元治元年(1864)6月14日に、
京で捕えられた岡田以蔵が山田獄舎に投獄
され、その自白により発覚し、同年8月13日
に投獄されます。
■ 大石弥太郎  ・大石弥太郎生家跡 - 土佐勤王党に2番目に加盟
・大石弥太郎 - 武市瑞山らの赦免を同志と共に藩庁に歎願するも叶わず
■ 門田為之助  ・門田為之助墓 - 土佐勤王党に5番目に加盟 
・門田利實墓 - 土佐に一弦琴を伝えた人で、門田為之助の父 
10 ■ 岡本恒之助  
11 ■ 川原塚茂太郎 ・須崎湾 - 坂本龍馬、生涯で二度須崎湾に入港
・坂本権平直方妻墓(坂本千野) - 龍馬の兄嫁 
12 ■ 上田楠次  
51 ■ 島地磯吉
54 ■ 沖野平吉  
56 ■ 田所荘之助 ・田所荘之助愛敬 - 土佐勤王党に56番目に加盟
64 ■ 山本四郎  
70 ■ 平石六五郎  
71 ■ 西山直次郎(志澄) ・西山志澄・加尾 - 西山志澄は土佐勤王党に71番目に加盟 【東京都】
75 ■ 上田官吉 ・上田官吉正秋 - 土佐勤王党に75番目に加盟、会津城攻めで戦死
96 ■ 田中作吾  
97 ■ 村田右馬太郎 ・村田忠三郎顕彰碑 - 土佐勤王党に47番目に加盟 
117 ■ 北添佶摩(北川源五郎) ・北添佶磨邸跡と誕生地碑 - 龍馬と蝦夷地開拓の話を・・・ 
・北添佶磨記念碑 - 新撰組に襲われ池田屋騒動で散る 
・小松小太郎 - 龍馬の指示で北添佶摩らと蝦夷に渡るが函館で病死  
・望月亀弥太墓 - 龍馬の蝦夷開拓の夢の前に、池田屋騒動で自刀  
・池田屋騒動之址  
144 ■ 阿部多司馬 ・武市瑞山墓 - 武士としての誇りと、藩主に対する忠誠の間で 
146 ■ 久松喜代馬 ・山田町獄舎 - 土佐勤王党と薫的和尚に関わる 
153 ■ 佐井寅次郎 ・佐井寅次郎 - 土佐勤王党に153番目に加盟
158 ■ 森助太郎 ・竹村東野墓 - 塾生に中岡慎太郎・大石圓・宮地宜蔵ら・・・
161 ■ 三原兎弥大 ・三原兎弥太正矩 - 土佐勤王党に161番目に加盟、会津若松で戦死
178 ■ 池知退蔵
181 ■ 岡本猪之助
184 ■ 細木核太郎 ・細木核太郎 - 土佐勤王党に184番目に加盟
土佐勤王党幹部 ■ 谷作七(正方) ・大石弥太郎生家跡 - 土佐勤王党に2番目に加盟
土佐勤王党同志 ■ 片岡孫五郎
御足軽類 ■ 滝馬
■ 良馬
■ 四郎馬
嘆願書起草 土佐勤王党同志 ■ 樋口真吉 ・野根山二十三烈士殉節の地 - 藩は一度の取り調べもせず極刑に処す
武装蜂起グループ 土佐勤王党同志  ■ 野根山二十三士  ・土佐藩砲台跡 - 国・史跡(須崎市)
・野根山二十三烈士の墓 - 武市瑞山の釈放を求め刑場の露と消える
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