■ 人 物 ■ 投 稿 記 事
陸 援 隊 士 享年30歳  ■ 中岡慎太郎  ・中岡慎太郎像 - 桂浜の坂本龍馬像と同じ本山白雲が制作
・間崎滄浪(哲馬)邸跡 - 青蓮院宮令旨事件で投獄 
・尾崎幸之進邸跡 - 忠勇隊に参加し禁門の変で散る
・北添佶磨邸跡と誕生地碑 - 龍馬と蝦夷地開拓の話を・・・
・田中光顕墓 - 中岡慎太郎亡き後の陸援隊を率いた一人
・坂本龍馬・中岡慎太郎之墓 【京都府】
・中岡慎太郎遺髪墓 - 慶応3年京都近江屋にて坂本龍馬と共に暗殺される
・中岡兼 - 中岡慎太郎の妻
・中岡慎太郎生家跡 - 復元され高知県と北川村の指定文化財に
・高松順蔵邸跡 - 坂本龍馬の長姉・千鶴さんの嫁ぎ先
・中岡慎太郎先祖居住の地碑 - 上倉の庄屋を務める 
・中岡慎太郎像 - 平成11年、生誕160年を機に建立される
  ■ 池大六(山中敬三)   ・田中光顕墓 - 中岡慎太郎亡き後の陸援隊を率いた一人
・那須盛馬 - 土佐勤王党に141番目に加盟
・赤土峠 - 佐川勤王五士達の「脱藩志士集合之地」碑 
■ 岩村精一郎(岩村高俊) ・大町桂月誕生地 - 碑文の書を書いた林譲治から、話は幕末へ
■ 岩村通俊 ・大町桂月誕生地 - 碑文の書を書いた林譲治から、話は幕末へ
・岩村通俊 - 坂本龍馬の北海道開拓の夢を叶えた一人 【東京都】
  ■ 橋本鉄猪(大橋慎三)  ・那須盛馬 - 土佐勤王党に141番目に加盟
・赤土峠 - 佐川勤王五士達の「脱藩志士集合之地」碑  
  ■ 片岡源馬(片岡利和) ・那須盛馬 - 土佐勤王党に141番目に加盟
・田中光顕墓 - 中岡慎太郎亡き後の陸援隊を率いた一人
・赤土峠 - 佐川勤王五士達の「脱藩志士集合之地」碑
・片岡利和邸跡 - 土佐勤王党、陸援隊志、明治24年千島列島を探検
■ 三瀬八次(木村弁之進) ・間崎滄浪(哲馬)邸跡 - 青蓮院宮令旨事件で投獄
■ 斎原治一郎(大江卓) ・後藤象二郎生誕地
・大江 卓 - 賤称廃止や娼妓解放に尽力した反骨の土佐人 【東京都】  
・大江橋 - 橋名は神奈川県令・大江卓からで龍馬や慎太郎とも知り合い 【神奈川】
■ 竹野虎太
  ■ 浜田辰弥(田中光顕)  ・青山文庫
・国指定の「史蹟」・瑞山の墓所 - 武市瑞山
・武市瑞山・富子の墓
・田中光顕墓 - 中岡慎太郎亡き後の陸援隊を率いた一人
・伊藤蘭林記徳之碑 - 勤王の志も厚く・・・・・
・忠魂護皇基之碑 - 龍馬の名が国威発揚の為に利用された
・田中光顕墓 - 土佐勤王党の生き残った一人で宮内大臣などを歴任 【東京都】
・赤土峠 - 佐川勤王五士達の「脱藩志士集合之地」碑  
■ 豊永貫一郎
■ 藤沢潤次助
■ 前島貢吉
■ 松島和介
  ■ 宮川助五郎   ・安藤鎌次 - 三条制札事件で深手を負い自刃
・田内秀弘(刀鍛・佐行秀の弟子) - 宮川助五郎の使用した刀で知られる
  ■ 本川安太郎 
■ 山崎喜都馬
■ 山脇太郎
土佐藩小監察 ■ 谷干城 ・谷千城旧邸跡 - 硬骨の土佐人
・谷干城の墓 - 薩長藩閥とも距離を置き、土佐派の重鎮として
土佐藩参政 ■ 福岡孝弟 ・五箇条御誓文 - 福岡孝弟誕生地
土佐藩馬廻役 ■ 板垣退助 ・板垣死すとも、自由は死せず - 板垣退助誕生地
・板垣退助墓所 - 品川神社 【東京都】 
・板垣退助墓 - 初代・乾正信から続く墓所に眠る
  
      
  • 慶応3年(1867)中岡慎太郎によって組織された、過激な尊王思想を持つ脱藩浪士によって構成された浪士隊である。
  • 隊長は中岡慎太郎で、京都を本拠とし、隊員は尊皇攘夷の思想を持つ脱藩浪士などが集められ、総員は70名以上であった。
  • 隊長は中岡慎太郎で、京都を本拠とし、隊員は尊皇攘夷の思想を持つ脱藩浪士などが集められ、総員は70名以上であった。
  • ただ陸援隊の構成員の素性は明らかではなく、内部に新選組など幕府方の密偵も入り込んでいたと言われる。
  • 中岡慎太郎、坂本龍馬が京都河原町で暗殺された後は、土佐藩小監察谷干城や同志の田中光顕が指導した。
  • 官軍挙兵後は高野山で紀州藩兵を牽制する等して鳥羽・伏見の戦いの後解散し、隊員は土佐藩軍に編入され東征軍に参加する。
  • 維新後、その構成員の多くが新政府の中で高位に付いている。
  • [引用・参考/陸援隊 - Wikipedia]
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