- 土佐に名を残し -土佐に生きた人々
■ 時 代 ■ 年 代  ■ 年 号 ■ 名 前 ■ 分 類
大正時代

1912 - 1926
1924 大正13年 ■ 石川一禎 高知に移住 住職・歌人・石川啄木の父
啄木の父・石川一禎終焉の地碑
1924 大正12年 ■ 平尾道雄 平尾姓を継ぐ 郷土史家
平尾道雄墓 - ベレー帽の平尾さんと慕われた偉大なる郷土史家
1917 大正6年 ■ 藤戸億羅 没年 医者・俳人
藤戸億羅 - 俳人で武市瑞山の妻・富さんの晩年の診察にあたった医師
■ 足立行蔵 没年 土佐勤王党(血盟)
足立行蔵 - 土佐勤王党に183番目に加盟
明治時代

1868 - 1912
1912 明治45年 ■ 槇村 浩 生年 プロレタリア詩人
槙村浩の碑 - プロレタリア作家
1908 明治41年 ■ 北代 忠吉 没年 土佐勤王党(血盟)
1907 明治40年 ■ 浅川 範彦 没年 細菌学者・中江兆民の従兄弟
浅川範彦 - 中江兆民の従兄弟にして明治時代の細菌学者で医学博士
浅川範彦博士顕彰碑 - 日本細菌学会に名を残した土佐人
1904 明治37年 ■ 濵田 清藏正敏 没年 土佐勤王党(血盟)
濵田清藏正敏 - 土佐勤王党に35番目に加盟
1899 明治32年 ■ 今橋 権助 没年 土佐勤王党(血盟)
1897 明治30年 ■ 島村 外内 没年 土佐勤王党(血盟)
1893 明治26年 ■ 小松 孫四郎 没年 剣術導役・警察史となり剣法を教えた
小松孫四郎 - 撰文は坂本龍馬の盟友で海援隊士・石田英吉
1892 明治25年 ■ 弘田 龍太郎 生年 作曲家
弘田龍太郎の曲碑
雨 - 弘田龍太郎の曲碑
鯉のぼり - 弘田龍太郎の曲碑
叱られて - 弘田龍太郎の曲碑
お山のお猿 - 弘田龍太郎の曲碑
靴がなる - 弘田龍太郎の曲碑
浜千鳥 - 弘田龍太郎の曲碑
■ 澤田 正二郎 生年 ルーツは土佐・新国劇の俳優
澤田正二郎 - 先祖は土佐人、新国劇の俳優で坂本龍馬も演じる
■ 上村 貞保 没年 勤王家・佐川深尾氏に代々仕える
上村貞保 - 武市半平太とも交わった勤王家
1888 明治21年 ■ 小笠原 美多 没年 武市瑞山の姉。小笠原和平の母
1886 明治19年 ■ 山崎 正善 没年 ノルマントン号事故の犠牲者
山崎正善碑 - 明治政府を揺るがしたノルマントン号事故の犠牲者
1885 明治18年 ■ 寺田 寅彦 生年 物理学者・随筆家
永福寺門前事件(井口事件) - 永福寺
山北両烈士の碑 - 安岡覚之助、嘉助兄弟
厳島神社 - 龍馬最後の帰港時の震天丸停泊場所近く
寺田寅彦記念館
寳永津浪溺死の塚
寺田利正の墓 - 井口事件(栄福寺門前事件)宇賀喜久馬の兄
寺田寅彦の墓 - 妻たちの歳月
藩祖銅像建設之記 - 発起人の一人に寺田利正の名が
寺田寅彦顕彰碑
寺田寅彦療養の地(土佐藩須崎中砲台跡) - 須崎  
寺田寅彦の名が刻まれた鳥居 - 愛宕神社
宇賀喜久馬 - 井口事件(栄福寺門前事件)
貴船神社 - 種崎に鎮座し寺田寅彦の随筆『高知がえり』にも登場
寺田利正・寅彦奉納の燈篭と石橋 - 小津神社
二川元助重遠 - 戊辰戦争・迅衝隊十番隊長、長女は寺田寅彦の妻
寺田虎彦像 - ねえ君不思議だと思いませんか
■ 田内 秀弘 没年 刀工・左行秀の弟子
田内秀弘(刀鍛・佐行秀の弟子) - 宮川助五郎の使用した刀で知られる
1882 明治15年 ■ 池田 糸 ( 以登) 没年 池田忠三郎・佐之助・陽三郎の母。平井収二郎・加尾の叔母。
池田糸(以登)墓 - 平井収二郎・加尾の叔母さん
1880 明治13年 ■ 田中 貢太郎 (桃葉) 生年 作家
名月酒供養祭 - 大町桂月
田中桃葉記念碑 
田岡嶺雲生誕地 - 反骨精神(いごっそう)の土佐人
浦戸湾十景 - 五台山下田堤にある八州池の「浮御堂」
一木権兵衛 - 難工事・室津港開鑿を成し人柱として海神に身を捧げる
■ 竹本 小弥儀 没年 女義太夫
竹本小弥儀 - 河田小龍が美声で名を広めた小弥儀太夫の略伝を書く
1878 明治11年 ■ 吉田 茂 生年 政治家
吉田茂の銅像
坂本龍馬生誕地碑 - 吉田茂の文字
薫的神社の扁額 - 吉田茂書
1873 明治6年 ■ 鬼頭 良之助 
   (森田 良吉)
生年 宮尾登美子原作「鬼龍院花子の生涯」鬼龍院政五郎のモデル
森田良吉墓 - 「鬼龍院花子の生涯」の侠客・鬼龍院政五郎のモデル
1872 明治5年 ■ 武市 佐一郎 生年 郷土史家
武市佐一郎 - 土佐の郷土史家の一人
1871 明治4年 ■ 公文 藤三 没年 土佐勤王党(血盟)
1870 明治3年 ■ 浜口 雄幸 生年 政治家
男子の本懐 - ライオン宰相「浜口雄幸」
横浜城址(水口神社) - 子孫にライオン宰相・浜口雄幸
濱口雄幸組閣記念碑 - 郷土の誉
濱口雄幸生家記念館 - 高知出身の最初の総理大臣
野根山二十三烈士殉節の地 - 藩は一度の取り調べもせず極刑に処す
乳母ケ谷(姥ヶ谷) - 濱口雄幸の先祖が乳母と逃れ住んだ地と伝承
浜口雄幸旧邸 - ライオン宰相と呼ばれ第27代内閣総理大臣を務める
■ 谷 神之助 没年 谷秦山の兄・弥太郎重正六世の孫・谷重喜の弟
高知藩留学候補生墓 - イギリス留学前、事件を起こし藩命で自刃
■ 川上 友八 没年 野中太内が中心の武力討幕反対グループ三十人組の一人
高知藩留学候補生墓 - イギリス留学前、事件を起こし藩命で自刃
■ 小笠原 彦弥 没年 会津戦大総督府軍監・牧野軍馬(小笠原唯八)の弟
高知藩留学候補生墓 - イギリス留学前、事件を起こし藩命で自刃
■ 小島 捨蔵 没年 戊辰戦争東征軍・迅衝隊第二番隊長
高知藩留学候補生墓 - イギリス留学前、事件を起こし藩命で自刃
■ 岡本 恒之助 没年 土佐勤王党(血盟)
■ 田岡 嶺雲 生年 著作家・評論家
田岡嶺雲生誕地 - 反骨精神(いごっそう)の土佐人
1869 明治2年 ■ 二所ノ関軍右衛門
   (笠井 兎之助)
生年 力士
五代目・二所ノ関軍右衛門寄進の鳥居 - 四所神社・熊野神社
■ 大町 桂月 生年 詩人・随筆家
「乙女の像」との関係 - 大町桂月誕生地
名月酒供養祭 - 大町桂月
田中桃葉記念碑 
大町桂月誕生地 - 碑文の書を書いた林譲治から、話は幕末へ
双名島 - 悲しい鬼伝説の残る島
野中兼山 - 野中兼山一族の墓所
■ 馬場 孤蝶 生年 文学者
馬場孤蝶の歌碑 - 高知の生んだロマン派の文学者
馬場辰猪・馬場胡蝶 - 兄弟そろって眠る
浦戸湾十景 - 五台山下田堤にある八州池の「浮御堂」
1868 明治元年 ■ 寺石 正路 生年 郷土史家
寺石正路墓 - 土佐の歴史・地理・考古・民俗学の第一人者
村田忠三郎顕彰碑 - 土佐勤王党に47番目に加盟
長宗我部氏岡豊城址之碑 - 題字は田中光顕
有井城 - 土佐南朝方・有井又三郎居城
石灰頭司徳右衛門君記念碑 - 阿波方式の石灰焼きの製造方法を伝授
石灰頭司徳右衛門君記念碑 - 南国市稲生の記念碑と粗同じ碑が建つ
■ 小松 重保 没年 土佐藩御士格・藩迅衝5番隊士・今市戦で負傷し横浜で死去
一宮忠霊塔に刻まれた霊名 - 大石俐左衛門・坂本瀬平・小松重保
■ 荒尾 忠吉友清 没年 迅衝隊二番隊士
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 荒尾 幾久弥祐正 没年 北越戦争鼠ヶ関で負傷、帰国するも土佐で死亡
荒尾幾久弥祐正 - 戊辰戦争鼠ヶ関戦で負傷し帰国も、土佐で亡くなる
■ 岩井 猪之助 没年 迅衝七番隊・徒士
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 岩原 久万吉 没年 折衝七番隊・徒士
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 上田 楠次 (江口 大蔵) 没年 土佐勤王党(血盟)迅衝二番隊
■ 上田 茂太郎 没年 迅衝二番隊
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 上田 長三郎 没年 迅衝二番隊
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 梅原 伊勢太郎 没年 若松で病死
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 大石 左馬司 没年 迅衝二番隊・郷士
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 大野 磯之丞 没年 迅衝隊斥候
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 岡田 孫弥 没年 迅衝十二番隊・長岡郡大埇庄屋
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 岡村 進勇 没年 砲隊・御馬廻
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 岡本 三郎正則 没年 折衝七番隊・郷士
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 岡本 守丞 没年 迅衝十三番隊・足軽
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 尾崎 猪三郎 没年 迅衝十五番隊嚮導
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 尾崎 万助 没年 迅衝二番隊・郷士
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 門田 久太郎 没年 若松で病死
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 金子 和三郎 没年 迅衝八番隊・御徒歩
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 楠島 熊吾 没年 迅衝六番隊・御徒歩
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 黒岩 兼之助光吉 没年 迅衝十四番隊
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 河野 忠之進晴雄 没年 迅衝十四番隊・足軽
河野忠之進晴雄 - 迅衝十四番隊士として会津若松で戦死
■ 小島 慥助 没年 砲隊分隊長
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 沢田 庫次 没年 会津で病死
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 島村 謙之助 没年 迅衝一番隊・勘定方
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 島本 為太郎 没年 鋭衝一番隊・御雇組
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 高橋 兵助 没年 迅衝十三番隊・足軽
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 竹内 楠太郎 没年 迅衝十二番隊・徒歩格
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 田中 煌之進 没年 迅衝一番隊・徒歩格
田中煌之進 - 戊辰戦争、白河口の戦いで戦死
■ 辻 精馬 没年 迅衝十二番隊・吾川郡西分庄屋・御徒歩格
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 寺内 音松 没年 会津若松戦滝沢口で戦死
竹本小弥儀 - 河田小龍が美声で名を広めた小弥儀太夫の略伝を書く
■ 伝治 没年 若松で病死
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 豊島 作次郎 没年 若松滝沢口で戦死
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 長岡 吉之助 没年 会津で戦死
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 長崎 貫太 没年 迅衝六番隊
長崎貫太 - 戊辰戦争、白河口の戦いで戦死
■ 中村 茂藤次 没年 迅衝十五番隊嚮導
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 二川 為治重寛 没年 『志士は生きている』には暗殺され甲賀町妙国寺に葬るとある
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 二宮 梶平 没年 輜重隊・御徒士
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 野島 敬吉 没年 折衝七番隊・徒士
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 原 荘九郎幸綱 没年 折衝七番隊・徒士
原荘九郎幸綱 - 戊辰戦争・折衝隊・会津若松で戦死
■ 久 時衛 没年 鋭衝一番隊小隊長
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 弘田 駿吉 没年 土佐勤王党(血盟)迅衝十一番隊
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 福岡 友治郎 没年 家老・福岡宮内の次男
会津若松西軍墓地 1 - 会津戦争で亡くなった土佐藩兵49名が眠る
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 松田 順次郎 没年 迅衝六番隊・長岡郡前浜庄屋の子
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 真辺 哲馬 没年 胡蝶隊・新馬廻
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 真辺 養作 没年 前衛隊・御馬廻
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 宮崎 合助 没年 迅衝五番隊隊長・御留守居組
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 宮崎 小三郎 没年 迅衝二番隊・病気の子に代わって出征・郷士
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 森下 喜久馬 没年 迅衝一番隊・郷士
長寿院西軍墓地 2 - 故郷遠き白河に眠る土佐藩兵18名
■ 森本 平馬 没年 迅衝五番隊
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 八木 伊与吉 没年 迅衝一番隊・御小姓格
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 山本 礼吉 没年 鋭衝一番隊
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
■ 与太郎 没年 若松で戦死
会津若松西軍墓地 2 - 故郷遠き会津若松に眠る土佐藩兵49名
  
■ 年表はブログに取り上げた人物を、生年もしくは没年で表記していますが、不明な場合は経歴年で掲載しています。

■ 土佐に足跡を残した人物も、土佐で没した場合のみ掲載しています。
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